本記事では、AIの代表的な技術であるLLM(Large Language Model)と、生成AIの回答精度を高める実装アプローチとして注目されるRAG(Retrieval-Augmented Generation)の違いを、定義・仕組み・例え・得意不得意・使い分けの観点から体系的に解説します。
結論から言うと、LLMは「文章を生成する能力そのもの」を持つ大規模モデルであり、RAGは「LLMが回答する前に、必要な情報を検索して渡す」ことで根拠ある回答を作りやすくする仕組みです。
社内規程や製品マニュアルなど、最新で正確な情報が必須の場面ではRAGが有効で、創作や要約、言い換えなど汎用的な文章生成はLLM単体でも強みを発揮します。
読み終えるころには、AI・生成AI・LLM・RAGの関係が整理され、あなたの業務やサービスにどちらをどう組み合わせるべきか判断できるようになります。
RAGとLLMの違いをひとことで言うと
この章では、まず「違いの核心」を短くつかみ、全体像を先に持てるようにします。
LLMは「生成する脳」、RAGは「調べてから答える仕組み」
LLM(Large Language Model)は、大量の文章データから学習して、人間のように自然な文章を生成できるAIモデルです。
一方でRAG(Retrieval-Augmented Generation)は、LLMが回答を作る前に、外部の知識(文書・DB・Web・社内ナレッジなど)を検索し、見つけた根拠をプロンプトに添えて生成させる仕組みです。
つまり、LLMは「文章生成のエンジン」であり、RAGは「検索で根拠を取り込みながら生成する運用方式(アーキテクチャ)」だと捉えると整理しやすくなります。
違いを整理する3つの観点
RAGとLLMの違いは、主に「知識の所在」「正確性の担保方法」「更新のしやすさ」の3点で説明できます。
LLM単体は学習時点の知識や一般知識をもとに文章を作りやすい一方、特定業務の最新情報や社内固有のルールは苦手になりがちです。
RAGは外部文書から必要な情報を引いてこれるため、根拠を示した説明や、最新情報への追随がしやすいという特徴があります。
そもそもLLM(Large Language Model)とは何か
この章では、LLMが「どういうものか」を定義から理解し、なぜ強いのか、なぜ弱点が出るのかまで押さえます。
LLMの定義:大量テキストを学習して言語を扱う大規模モデル
LLMとは、大量のテキストデータを用いて学習し、次に来る単語や文の流れを高精度に予測しながら文章を生成するAIモデルの総称です。
「Large」とある通り、モデルのパラメータ数が非常に大きく、言語理解・要約・翻訳・質疑応答・文章作成などを幅広くこなします。
生成AIの中核技術として、チャットボット、文章作成支援、コーディング支援など多くの用途で利用されています。
LLMが得意なこと:言い換え・要約・文章生成・推論のような振る舞い
LLMは、文章の言い換え、長文の要約、読みやすい文章への整形、会話形式での説明、企画案のブレストなどが得意です。
また、文脈を踏まえた推論のような振る舞いを見せることがあり、ユーザーの意図を汲んだ回答を作りやすい点が強みです。
プログラムの説明、仕様書の要点整理、FAQの文章化など、言語タスク全般に幅広く適用できます。
LLMの苦手なこと:最新情報・社内固有情報・厳密な根拠提示
LLMは、学習データに含まれない最新情報や、企業固有の手順書・規程・製品仕様のようなクローズドな情報を自動的に参照できません。
その結果、もっともらしいが誤った内容を生成してしまうことがあります。
この現象は一般にハルシネーションと呼ばれ、生成AIを業務に使う際の主要なリスクとして意識されます。
LLMは「知識データベース」ではない
LLMは百科事典のように「正しい事実をそのまま格納して取り出す装置」ではなく、学習した言語パターンから「もっともらしい文章」を組み立てる装置に近い性質を持ちます。
そのため、正確性が必須の分野では、参照すべき根拠を明示して回答させる工夫が重要になります。
ここで登場する代表的な解決策がRAGです。
RAG(Retrieval-Augmented Generation)とは何か
この章では、RAGが「どういう仕組みか」を、検索と生成の流れに分けて理解します。
RAGの定義:検索(Retrieval)で根拠を集め、生成(Generation)に活用する
RAGは、ユーザーの質問に対して関連する情報を外部から検索し、その検索結果を材料としてLLMに回答を生成させるアプローチです。
Retrievalは「取り出す」「検索する」を意味し、Augmentedは「拡張した」、Generationは「生成」を意味します。
つまり、LLMの生成能力を、外部知識で拡張して使うのがRAGの基本思想です。
なぜRAGが必要になるのか:LLM単体の限界を補うため
業務で生成AIを使うとき、「正しいかどうか」を担保できないと導入が進みません。
特に、社内規程、契約条件、医療・法務・金融のような高い正確性が求められる領域では、根拠が不明な回答は使いにくくなります。
RAGは、回答に必要な情報を都度検索して取り込むことで、LLM単体の弱点である最新性・固有性・根拠性を補いやすくします。
RAGの基本構成:データ準備・検索・プロンプト注入・生成
RAGは一般に、参照したい文書群を用意し、検索できる形に整えてから運用します。
典型的には、文書を適切な単位に分割し、ベクトル化して検索インデックス(ベクトルDBなど)に格納します。
ユーザーの質問も同様にベクトル化し、意味的に近い文書片を検索し、LLMへ「参照情報」として渡して回答を生成させます。
RAGがうまくいくと何が起きるか:根拠に沿った回答が増える
RAGが適切に設計されると、回答が「文書に書いてある範囲」に寄りやすくなります。
さらに、参照元の文書や該当箇所を提示できるようにすると、利用者は裏取りができ、業務利用の安心感が増します。
この「根拠を示せる」点が、RAGが企業導入で重視される大きな理由です。
RAGとLLMの違いを図解的に理解する
この章では、文章だけでは分かりづらい処理の流れを、イメージしやすい形で整理します。
LLM単体の流れ:質問→モデル→回答
LLM単体では、ユーザーの質問がそのままモデルに渡され、モデルが内部の学習知識と文脈から文章を生成します。
このとき、モデルは外部の社内文書を自動参照しているわけではありません。
そのため、質問が社内固有情報に依存しているほど、誤りや推測が混ざる可能性が上がります。
RAGの流れ:質問→検索→根拠→モデル→回答
RAGでは、質問を受け取ったらまず検索が走り、関連する文書片が集められます。
その根拠情報をプロンプトに組み込み、LLMに「この情報をもとに答えてください」と指示して回答を生成します。
結果として、回答が根拠情報に引っ張られ、事実性が高まりやすくなります。
違いの本質:LLMは能力、RAGは運用設計
LLMは「生成する能力そのもの」を担うコンポーネントです。
RAGは「どの情報を渡して生成させるか」という運用・設計の仕組みであり、LLMと対立する概念ではなく、組み合わせて使う考え方です。
言い換えると、RAGはLLMの使い方を業務向けに最適化する代表的な方法の一つです。
わかりやすい例えで理解する:RAGとLLM
この章では、抽象的な用語を日常の比喩に置き換え、直感で理解できるようにします。
例え1:LLMは「博識な会話相手」、RAGは「資料を持ち込む会議」
LLMは、幅広い話題に答えられる博識な会話相手のようなものです。
ただし、会話相手が「あなたの会社の最新マニュアル」まで暗記しているとは限りません。
RAGは会議の場に資料を持ち込み、その資料に基づいて議論するイメージです。
資料があるから、記憶違いを減らし、根拠に沿って結論を出しやすくなります。
例え2:LLMは「料理人」、RAGは「冷蔵庫から材料を取ってくる仕組み」
LLMを料理人に例えると、素材がなくてもそれっぽい料理を作ろうとしてしまうことがあります。
RAGは、必要な食材を冷蔵庫や倉庫から取り出して料理人に渡す仕組みです。
良い食材が渡れば、料理人はより正確で品質の高い料理を作れます。
例え3:LLMは「暗記中心の受験生」、RAGは「オープンブック試験」
LLM単体は、暗記した知識で問題を解く受験生に近い側面があります。
RAGは、参考書を参照できるオープンブック試験のように、必要な情報を調べて答える形に寄せます。
業務では「暗記」より「正しい根拠に基づく回答」が求められるため、RAGが有効な場面が増えます。
RAGとLLMの得意不得意を比較する
この章では、どちらを採用すべきか判断するために、実務の観点で特徴を比較します。
正確性:RAGが有利になりやすい
LLM単体は、根拠が明示されない質問に対して推測で埋めてしまうことがあります。
RAGは、参照情報がある限り、回答を根拠に寄せやすく、裏取りもしやすいです。
ただし、検索が誤れば回答も誤るため、RAGは検索品質が生命線になります。
最新性:RAGが有利になりやすい
LLM単体は、学習時点以降の更新を自動で取り込めません。
RAGは、参照先の文書を更新すれば、次回以降の回答に反映できます。
規程改訂、製品仕様の更新、FAQの追加のような頻繁に変わる情報に向きます。
社内固有情報:RAGが有利になりやすい
社内ドキュメントやナレッジベースは、外部の学習データに含まれないことが多いです。
RAGは社内文書を検索対象にすることで、社内固有のルールに沿った回答を作りやすくなります。
問い合わせ対応やヘルプデスク、社内規程のQ&Aに適用されやすい理由です。
創造性・文章力:LLM単体が強い場面も多い
キャッチコピー、記事の構成案、言い回しの提案など、情報の正確性より表現が重要な場面ではLLM単体でも十分に価値があります。
RAGは根拠文書に引っ張られるため、創作的な自由度が下がることがあります。
目的が「表現の生成」なのか「根拠ある回答」なのかで選び方が変わります。
コストと運用:RAGは設計・保守が必要
LLM単体は、プロンプト設計と利用ルール整備だけでも始めやすいです。
RAGは、文書の取り込み、分割、インデックス作成、検索品質のチューニング、権限管理など運用面の設計が増えます。
その分、業務品質を高められる余地も大きいのが特徴です。
RAGとLLMは「どちらが上」ではなく「役割が違う」
この章では、よくある誤解を解き、正しい関係性を理解します。
誤解:RAGはLLMの代替である
RAGはLLMを置き換えるものではありません。
RAGはLLMの生成を前提に、その入力に根拠を足す方法です。
したがって、RAGはLLMとセットで語られることが多いのです。
誤解:RAGを入れればハルシネーションがゼロになる
RAGはハルシネーションを減らす傾向がありますが、ゼロにはなりません。
検索で誤った文書を引けば、誤った根拠で自信満々の回答を作ることもあります。
また、参照文書に書かれていない部分をLLMが補完してしまうケースもあるため、制約のかけ方が重要です。
誤解:LLMは検索ができないから使えない
LLM単体でも、要約、文章整形、分類、意図抽出、翻訳など多くの価値があります。
「正確な事実回答」が主目的のときに、検索や根拠提示が必要になるだけです。
LLM単体とRAGを、目的で使い分けるのが現実的です。
どんな場面でRAGを使うべきか
この章では、導入判断がしやすいよう、ユースケースを具体化します。
社内FAQ・ヘルプデスク:規程や手順書に沿って答える
就業規則、経費精算ルール、稟議フロー、IT申請手順などは、社内文書に根拠があり、更新も起こります。
このタイプの問い合わせは、RAGで該当箇所を提示しながら答えると、回答の再現性が高まります。
「誰が答えても同じ」状態を作りたい場合にも向きます。
製品サポート:マニュアルやリリースノートを参照して答える
製品仕様、設定手順、エラーコード一覧、更新履歴のように、正確性と最新性が重要な情報はRAGと相性が良いです。
回答に参照元を添えれば、サポート担当者の確認コストも下がります。
結果として、回答スピードと品質の両方を上げやすくなります。
営業・提案支援:提案資料や事例集を引いて文章化する
提案書のドラフトを作る際、事例集や過去提案のテンプレートを検索して引用できると精度が上がります。
RAGで過去資料から関連箇所を引き、LLMが文章として整える流れは実務で使いやすいです。
AIに「社内の言い回し」に寄せさせたい場合にも役立ちます。
どんな場面でLLM単体が向くか
この章では、RAGが不要、または過剰になりやすいケースを整理します。
文章の整形:読みやすい文章、要点の抽出、言い換え
既に手元に正しい情報があり、それを読みやすい形に直すのが目的なら、LLM単体で十分なことが多いです。
例えば、会議メモの要約、メール文面の改善、箇条書きの文章化などが該当します。
この場合、検索は必須ではありません。
アイデア出し:企画案、構成案、キャッチコピー
創造性が重要なタスクでは、LLMの自由な生成能力が活きます。
RAGで根拠文書を入れると、発想の幅が狭くなることがあります。
目的が「正解」より「多様な案」であるなら、LLM単体が扱いやすいです。
一般知識の説明:基礎概念の学習
プログラミングの一般的な概念、一般的な用語解説のように、最新性や社内固有性が低い内容ならLLM単体で十分に役立ちます。
ただし、法令や制度、製品仕様など改訂が起こりうる分野は、根拠確認を前提にするのが安全です。
ここでも「目的」と「リスク」で判断することが重要です。
RAG導入で押さえるべき設計ポイント
この章では、RAGがうまくいかない典型原因を避けるために、実務で重要な設計観点をまとめます。
データ品質:参照文書が整っていないと答えも崩れる
RAGは検索した文書を材料にするため、参照文書の品質がそのまま回答品質に影響します。
重複、古い版、表現揺れ、曖昧な記述が多いと検索も回答も不安定になります。
まずは「信頼できる正本」を決め、更新ルールを整えることが近道です。
分割設計:チャンクが大きすぎても小さすぎても失敗する
文書を分割する単位が大きすぎると、ノイズが増えて検索精度が下がります。
小さすぎると、文脈が失われて意味が通らない断片が増えます。
見出し構造や段落、項目番号を活かし、適度に文脈が残る単位で分割する工夫が必要です。
検索品質:キーワード検索とベクトル検索の使い分け
RAGではベクトル検索がよく使われますが、固有名詞や型番、エラーコードのような文字列一致が重要な場合はキーワード検索が強いことがあります。
両者を組み合わせるハイブリッド検索も一般的です。
業務データの性質に合わせて検索方式を選ぶと、実用性が上がります。
プロンプト設計:根拠外の推測を抑える指示が効く
RAGでは、LLMに「提示した根拠の範囲で回答する」「根拠にない場合は不明と言う」「参照箇所を示す」などの指示を与えることが重要です。
この指示が弱いと、LLMが根拠外を補完してしまい、誤りが混ざります。
運用で求める安全性に応じて、回答スタイルを設計します。
権限管理:見せてよい情報だけを検索対象にする
社内の文書には機密情報が含まれることがあります。
RAGでは検索対象と参照提示が発生するため、アクセス権限に沿った制御が不可欠です。
部署別・役職別の権限、個人情報のマスキングなどを前提に設計します。
RAGとLLMの違いを理解した上での使い分け戦略
この章では、実務で迷わないための「選び方」をパターン化して提示します。
戦略1:まずLLM単体で価値が出る業務から始める
文章作成、要約、定型文生成など、低リスクで効果が見えやすい領域はLLM単体導入が早いです。
ルール整備とレビュー体制を作るだけでも、業務効率が上がるケースがあります。
次の段階で、正確性が必要な領域にRAGを追加します。
戦略2:正確性が必要な領域はRAG前提で設計する
規程やマニュアルに沿って答える業務は、最初からRAGを前提にした方が安全です。
根拠を提示できる設計にすることで、利用者の不安が減り、定着しやすくなります。
特に、監査やコンプライアンスが絡む業務では有効です。
戦略3:回答の形式を分けると現場が使いやすい
例えば「結論→根拠引用→手順→注意点→参照元」というテンプレートを固定すると、現場が判断しやすくなります。
LLMは文章化が得意なので、RAGで根拠を集め、LLMで読みやすい構造に整える分業が効果的です。
結果として、AIの出力が「使える成果物」に近づきます。
RAGとLLMに関するよくある質問
この章では、検索されやすい疑問をQ&A形式で整理し、理解を補強します。
Q:RAGを使うと必ず正しい答えになりますか
A:必ずではありません。
検索が間違えば回答も間違いますし、文書自体が古い・誤っている可能性もあります。
ただし、根拠を提示できるため、検証と改善のサイクルを回しやすいのが強みです。
Q:LLMを学習し直すのとRAGはどちらが良いですか
A:目的次第ですが、多くの業務ではまずRAGが選ばれやすいです。
学習し直しはコストや時間が大きく、更新頻度が高い情報には追随が難しくなります。
RAGは参照文書を更新するだけで反映できるため、運用上の柔軟性があります。
Q:RAGは難しそうですが、最初に何から始めればよいですか
A:まずは「対象文書を絞る」ことが重要です。
よく参照されるマニュアルやFAQなど、範囲が明確で価値が高い文書から始めると成功しやすいです。
次に、検索精度の評価方法を決め、改善できる状態を作ると前に進みます。
Q:RAGと検索エンジンは何が違うのですか
A:検索エンジンは情報を見つけるところまでで、最終的な文章化や説明は利用者が行うことが多いです。
RAGは検索結果をLLMが読み取り、質問に合わせて文章として再構成して回答します。
つまり、検索と生成を一連で行う点が大きな違いです。
まとめ:RAGとLLMの違いを理解して生成AIを使い分けよう
最後に、本記事の要点を整理し、AI・RAG・生成AI・LLMの関係をもう一度まとめます。
LLMは、大量のテキストから学習して自然な文章を生成するAIであり、生成AIの中核となる技術です。
RAGは、LLMが回答する前に外部知識を検索して渡し、根拠に沿った回答を作りやすくする仕組みです。
LLM単体は要約や文章生成、アイデア出しに強く、RAGは正確性・最新性・社内固有情報の回答に強みがあります。
どちらが優れているかではなく、目的とリスクに合わせて役割を分け、必要に応じて組み合わせるのが現実的です。
AI、RAG、生成AI、LLMを正しく理解し、業務に合った形で導入すれば、生成AIは「便利なおもちゃ」から「信頼できる業務基盤」へ近づいていきます。
